今回は、鳥海山日立舞 横岡番楽保存会の会長をされている齋藤朝次郎(ともじろう)さん(写真:中央)にインタビューしました。

鳥海山日立舞という文化を継承する想いや背景まで聞かせていただきました。

Q:経歴と現在どんな活動をしているか教えてください。

鳥海山日立舞の保存会に入ってから50年ほどになるな。

Q:鳥海山日立舞に触れたきっかけはなんですか?

初代の会長さんが「横岡の番楽が潰れるからなんとかお願いします」と集落中を回っていて、それで参加したのがきっかけだな。

Q:保存会に入られた当時の心情などありましたら教えてください。

初代の会長から頼まれたもんだから、横岡としてはやっぱり無くしてはならないという考えを持った。自分としては物好きだから、やってみようかと思って保存会に入った。

齋藤朝次郎(ともじろう)さん

Q:保存会に入るまでは、鳥海山日立舞に触れていたのですか?

ううん、全然やったことない。自分の家でも誰も入ったことないからよ。

日立舞は面白いことに、親がやって子供がやってと…家柄っていうのがあった。でも、自分の家では誰もやっていなかった。

Q:今までご経験がない中、やはり大変なことはありましたか?

大変だってば。やっぱり練習と舞の習得についていくのが大変で、やめようかなと思ったこともあった。

でも絶対に辞めてはならないと言われ、今まで繋いできた。今は会長しているが名前だけで、保存会員のメンバーが色々やってくれている。

Q:現在は保存会員は何人くらいいるのですか?

30人ぐらいだな。

Q:50年間見てきた中だと、30人は減ってきているのですか?

いや、多くなってきてる。若い頃は、数人しかいなかったからな。

Q:多くなってきているんですね!

齋藤朝次郎さんと保存会の皆様

Q:鳥海山日立舞の演目はいくつありますか?

大体19ぐらいだな。

Q:にかほ市内いくつか番楽がある中、横岡の番楽の特徴はありますか?

特徴の一つっていえば、他の番楽にはない「団七舞」があることかな。

Q:鳥海山日立舞が、秋田県指定無形文化財に選ばれたきっかけはありますか?

保存会員の中に、県の職員の方がいて、県の文化財の担当に話をして横岡に来てもらった。「翁」って言う演目の着物は昔から受け継がれてきたもので、金箔での装飾が施されていて、それを見たときに太鼓判を押してくれた。それがきっかけで無形文化財になった。受け継がれている衣装はこれだけ。あとはみんな保存会に入った時に作ってる。「はだこ」って言って、他の番楽も同じような感じだな。

Q:横岡以外の場所で舞をされることはありますか?

まず市の伝承芸能祭。毎年ある。ここ2年間はコロナで中止になったけどね。にかほ市の郷土芸能はみんな集まって、毎年やってたな。

あとは由利本荘市の伝承芸能祭や、鳥海の方で定期公演が毎月1回あってそこにたまに呼ばれたり。

今の想いと将来像とは。

Q:現在どんな想いで取り組まれていますか?

とにかく絶やさないってことだな。

継承している人たちは絶対やるっていう気持ちの人が大半だね。

お願いするわけでなく、自分から進んでやりたいと言ってくれる人は、あの舞もこの舞も…と自然と見て覚えていく。素晴らしいことだと思う。

Q:鳥海山日立舞の将来像などありますか?

昔からあるものを続けられればいいな。一番は20代の人が欲しい。動きが激しい舞はやっぱ20代じゃなきゃできなくなってしまう。

年に3回会館の前でやるんだけど、子供たちが興味を持って集まってくれるからまだ助かってるな。

小さい子供らがいなくなってしまえば尽きてしまうもんな。集落にも子供らが少なくなっていて、特に男の子が少なくなっている。

Q:若い人に継承してもらうために行っていることはありますか?

小学生とか中学生も入れて一緒に練習して、本番にも出して舞わせている。昔は子供は入れていなかった。

高校になればもう入らないんだよな。でも小学校とかでやってれば、20歳を過ぎた頃とかに思い出すきっかけになればいいと思う。

Q:齋藤朝次郎さんにとって、にかほ市とはどんなところですか?

住みやすいな。なんでもある。山菜もあるし、魚もあるし。

謙遜とかそういうのはないよな、割とおとなしいというか。地区ごとにまとまっているような気もするな。一人一人がバラバラな場所はないし。

Q:たしかに地域の人の繋がりや温かさを感じる時は多いです。

文化を継承し絶やさない、自分たちで繋いでいくという熱い想いを感じました。

齋藤朝次郎さん、保存会の皆様、ありがとうございました。

この記事を書いた人

齋藤朝次郎