今回は、釜ヶ台番楽を継承し活動されている佐藤渓輔さんにインタビューしました。

なぜ継承することになったのか、現在の活動や釜ヶ台番楽への想いなどを伺いました。

Q:ご経歴と現在の活動を教えてください。

高校を卒業してから、地元の企業に勤めた後に、工業系の材料メーカーの営業をずっとやってました。本社が東京の会社だったので、月2.3回は全国を飛び回るような生活を12年ぐらい続けてたのですが、その時に地元釜ヶ台の魅力に改めて気づかされました。

それと同時に、このままだとどんどん人も減っていくし、この素晴らしい土地に誰も住まなくなってしまう事に危機感を覚えて、何かできないかとずっと考えていました。

あるきっかけで、にかほの建設会社から誘いをもらい、釜ヶ台の農業事業に関わらせていただいたのですが、色々な理由から農業事業がなくなってしまい…

それが撤退してはこの地が荒れ放題になってしまうので、会社に頼むのではなく自分で勝負するしかないと思い、脱サラして農家を始めたのが現状の活動です。

Q:番楽はどういった意味があるんですか?

先祖供養をはじめとして他にも、悪魔退散や、五穀豊穣、家内安全など。願い事の塊みたいな感じですね。

Q:釜ヶ台番楽に初めて触れたきっかけは?

物心ついた頃からですね。テレビの戦隊モノを子供たちが真似するような感覚で、ヒーローごっこが俺らは番楽でした。保育園、小学校が終われば、友だちと家で番楽ごっこをするという遊び方をしていました。

当時は、小学校4年生頃のスポーツ少年団が始まる頃でなければ番楽を始められず、自分も小学4年生から番楽保存会に入りました。

全18演目ぐらいある中、今5つの舞を覚えて、しばらくやっていない舞を復活させようと挑戦もしています。

Q:保存会歴はどのくらいですか?

歴でいうと今年で25年になりました。

Q:25年も属して5つの舞というのは何か理由があるのですか?

昔は師匠の家に毎日通って、3年くらい通わないと師匠上がりさせてもらえなかったんです。

それくらい所作が細かかったんですよ。でも今そこまでやってしまうと、途中で挫折する子が出てきてしまう。それだったら未完成のままステージに上げて、喜ばれている感覚を知ってもらうことの方が大切だと、時代にあわせて活動していますね。

Q:なるほど。時代と共に変化されているんですね。

佐藤渓輔さん
文化に触れるターニングポイントは?

Q:文化をやる上でのターニングポイントはありましたか?

釜ヶ台番楽の広報チームを作ったことですね。

きっかけは番楽の保存会に入る若い人たちがどんどん減っていたり、小学生までは参加していたけど中学高校の思春期になると、恥ずかしくなってこなくなる人が年々増えていって… 「このままじゃやばい」と思って、何か起爆剤が欲しいと2017年12月に立ち上げました。

まずは知ってもらわないといけないということで、今の時代だからSNSを使ってどんどんPRしようと考えました。その広報チームを立ち上げる前は、年間の公演回数は5回ぐらいだったのですが、広報チーム立ち上げ後は年間18公演とかに増えました。それが2019年のことです。

月1回2回は何かしらの公演が入って、保存会のメンバーからは「またか!」とか言われたんです。(笑)でも、番楽が好きなメンバーだから、なんだかんだ言って楽しんでいましたね。

Q:公演は一番遠くでどこまで行くんですか?

タダではできないからなんとも言えないんですが、マッチすればどこへでも。

最近だと、民俗芸能大会の東北ブロックがあって秋田県代表として岩手まで行ってきました。俺らは行ったことないですが、昔は東京とかでもやっていたようです。

SNSも登録した時、番楽ジャンルでの登録が4つぐらいしかなくて、それぞれ拝見したんですが全然更新されてなかったんです。

だから最低でも月1回は更新しようとやっていたら、結構見てくれる人が増えて、ニッチな世界ですが一応フォロワーとしては100人以上登録があるのはうちらだけです。それをやり始めたら、他の保存会のところも活発になり始めたんですよ。

うちらは番楽の中のベンチャーだと思ってて、番楽と映像を掛け合わせるなど、いろんなことに挑戦したいと思い描いていました。近日にかほ市の魅力発信事業のひとつとして一般社団法人ロンドと協力し、番楽の舞とCGを掛け合わせた映像作品を作ります。そういうのも、広報チームを作って良くも悪くも注目していただいたからこそ実現につながっていますね。

Q:『番楽のベンチャー』ってすごくいいですね。番楽と映像の掛け合わせも新しい。

Q:文化を継承しようと思ったその想いと時期を教えてください。

自分の代で無くしたくないのが一番ですかね。400年の歴史の中で自分が最後っていうのは悲しいから次の世代につなげたい… あとは自分の子供ができたのが大きいですかね。自分達が小さい時に番楽ごっこをやっていたのを、自分の子供たちもDVDを見てやってるんですよ。それを見て、「あぁこれでいいんだな」「これをつなげていけばいいんだ」ってのを感じました。これって時代が変わっても変わらないんだな、そうやって脈々と受け継がれてきたんだなって。だから子供たちをターゲットとして広報チームは活動したいんです。コンセプトは『番楽をもう一度ヒーローに。』です。

Q:現在どんな想いで取り組まれていますか?

ちょっと考え方を変えないといけないというか、ビジネス的な要素やエンタメ的なものだったり、番楽以外のものをミックスさせないと続いていかないと思っています。伝統芸能で無形民俗文化財なんだから、形が変わってもいいもの。今残っている舞ですら発祥当時に起きていた出来事や、当時に言い伝えられてきたものだと思います。現代で言うなら、コロナで大変だったと言う舞があってもいいと思うんですよ。

番楽も初見の場合、舞の意味がわからないはずです。そこをスッと入ってくるようなものにしたいと思っていて、それには映像技術が必要だと思ってます。戦っているシーンはもっとアグレッシブに見せれるし、歌詞を背景に出したり、今の技術と合わせてやれば面白いと思うんですよ。

それがきっかけで、舞はできないけれど映像編集で関わったり、新しい伝統芸能の形が生まれるんじゃないかなって考えています。

Q:にかほ市とはどんなところですか?

工業とか農業、海や山、文化から色々なごちゃ混ぜな町だなって。カオスな市ですね。いい意味で。(笑)

正直、地理的に由利本荘市の方が近いから、にかほ市って意識はないんですよね。にかほ市から距離もあるんで独立してるって感じの意識です。

Q:釜ヶ台とはどんなところですか?

シャイな人が多いけど、心暖かい人が多いです。

意外と便利な地域でもありますよ。車があれば、市内や隣の由利本荘市どこにでも30分以内で行けます。

しかも災害が一切ないですね。津波は絶対来ないし、山が一個あるから弱まるのか?台風もそこそこ逸れますし、水害もほぼないです。土砂崩れがあったとしても道路が四方八方に広がっているから、孤立はしないですね。

地域の文化をなくしてはいけない、という想いと行動力に強く感動しました。これからも番楽のベンチャーとしてご活躍が楽しみです。

佐藤渓輔さん、ありがとうございました!

佐藤渓輔さんは、伝統的な芸能と現代のデジタル技術を掛け合わせた動画コンテンツ『USHIWAKA BeNKeI』に出演されています。
USHIWAKA BeNKeI : https://youtu.be/TBdcQSiUYaQ

この記事を書いた人

佐藤渓輔

釜ヶ台番楽を継承し活動されている佐藤渓輔さん。釜ヶ台番楽の活動だけではなく、現在は脱サラして農家として活動中。